組踊とは、せりふ、音楽、所作、舞踊によって構成される歌舞劇であり、首里王府が中国皇帝の使者である冊封使を歓待するために、踊奉行であった玉城朝薫(1684~1734)に創作させました。1719年、尚敬王の冊封儀礼の際に初演されました。

 朝薫は生涯において、薩摩や江戸に公務で7回出かけています。そこで能や狂言、歌舞伎などの大和芸能を鑑賞し、琉球国内では中国戯曲を鑑賞するなどして造詣を深めました。そして、琉球古来の芸能や故事を基礎に、大和芸能や中国戯曲にヒントを得て組踊を創作したのです。朝薫は「執心鐘入」「二童敵討」「銘苅子」「女物狂」「孝行の巻」をつくりました。これらの作品を〈朝薫の五番〉と称しています。組踊の担い手は、王府に勤務する士族とその子弟(すべて男性)でした。

 〈忠〉〈孝〉〈王府が強く関わること〉をテーマにした組踊は冊封使に好評を博しました。以後、冊封使歓待の踊番組は組踊を中心にして構成されるようになりました。また、組踊は1800年代にはすでに地方の村踊りでも上演されていたと思われます。

 〈朝薫の五番〉をはじめ、その後の踊奉行らによって創作された組踊は、現在約70の作品が確認されています。その一方で、新作組踊も発表されています。

昭和47年5月15日、沖縄が日本へ復帰すると同時に、組踊は我が国の優れた芸能の一つであるとして、能、歌舞伎、文楽などと同じく国の重要無形文化財に指定されました。

また、平成22年11月16日、組踊は国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産保護条約に基づく「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表」に記載されました。

組踊「真珠道」
 
組踊「銘苅子」