無形文化遺産でつながる
アジアの芸能

ごあいさつ

 今日、「無形文化遺産」という言葉はすっかり定着したようです。2013年、ユネスコ総会で和食の無形文化遺産代表一覧表への記載が決定されたことが大きな話題となり、「日本の食文化が世界に認められた」と喜んだ方も多かったのではないかと思います。沖縄の組踊をはじめ、代表一覧表に記載された芸能は数多く、それぞれの国の誇りとして多くの人々に祝福されています。

 実は、ユネスコの無形文化遺産保護条約には、無形文化遺産とはそれを伝えてきた人々が「自らの遺産として認めるもの」と書かれています。世界が認めるかどうかよりも、それをこれからも遺産として伝えていきたいという人々の意志が大事だということでしょう。さらに言えば、ユネスコが認めるか否かにかかわらず、当事者がそれを自分たちの遺産だと考えるならば、それは無形文化遺産だと言うことができます。

 今回ビデオを寄せてくださったアジア各国の芸能は、それぞれの地域の歴史の中で育まれた、いずれ劣らず魅力的な芸能です。各国の人々がそれを誇りとして感じているのも当然と思われるものです。29日に国立劇場おきなわで開催した座談会には、伝承者や研究者など、それぞれの芸能に縁の深い方々にオンラインで集まっていただきました。そこで印象的だったのは、それらの芸能であっても、未来に伝えていくためには多くの課題があると考えられていることでした。

 たとえば、クーリヤッタムは、インドのケーララ州で千年以上にわたり、特定の家系の演者により伝えられてきたといわれるサンスクリット語を用いる古典劇ですが、今日、家系外の人も受け入れ、芸を伝えていく努力をおこなっています。インドネシアの人形劇ワヤン・ゴレックは今でも高い人気を誇っていますが、伝統的な方法を踏襲するだけでなく、積極的に時代に即した新しい表現方法を取り入れています。タイの仮面舞踊劇コーンは、宮廷で育まれた伝統ですが、今では公立・私立の様々な教育機関で次世代の育成がおこなわれ、教育や上演に現代のテクノロジーを活用しています。ベトナムの古都フエの宮廷で発展した雅楽ニャーニャックは、一度は廃れたものの再興され、世界遺産および「記憶遺産」として登録された歴史的建造物やそこに刻まれた詩文などとともに、政府により現代社会に活かす努力がおこなわれています。マレーシアのクランタン州に伝えられる歌舞劇マ・ヨンは、娯楽として、また病気の治療儀礼の一部として演じられてきましたが、今日、イスラームの価値観との調整を図りつつ、演者自身により次世代に伝えていく努力が続けられています。

 沖縄でも、国立劇場おきなわで組踊が積極的に上演されることに加え、組踊研修制度により次世代を育てる組織的努力がおこなわれています。その経験をアジア諸地域の人々と共有できたことは、非常に有意義であったと思います。ユネスコの無形文化遺産に対する施策の背景には、世界の文化多様性を守っていくことが必要だという認識があります。それは、単にそれぞれの文化を維持できれば良いということではなく、交流を通して互いの違いや類似点を知ることで自分たちを豊かにし、共存の基盤を形作っていくことを意味しています。

 皆さんにも、ぜひ、この事業により公開されたビデオを通して、アジア諸地域の芸能の素晴らしさを知るとともに、自分たちの遺産としての芸能が、現代社会において直面する共通の課題とそれを乗り越えるヒントを探してみていただきたいと思います。

 

 

監修:福岡正太

国立民族学博物館教授。民族音楽学専攻。東南アジア、特にインドネシア、西ジャワのスンダ伝統音楽について研究。共著に『東南アジアのポピュラーカルチャー――アイデンティティ・国家・グローバル化』(共著、スタイルノート、2018年)、『民族音楽学12の視点』(共著、音楽之友社、2016年)など。代表を務めた研究プロジェクトに『伝統芸能の映像記録の可能性と課題』(共同研究 2005-2007、機関研究 2005-2008)、『伝統と越境―とどまる力と越え行く流れのインタラクション』(2004)、『伝統と越境―とどまる力と越え行く流れのインタラクション―(伝統と創造へ)』(2005)がある。